札幌高等裁判所 昭和25年(う)703号 判決 1951年2月12日
控訴人 被告人 林栄
弁護人 中山信一郎
検察官 木暮洋吉関与
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役六月及び罰金二千円に処する。
右罰金を完納することができないときは金百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
右罰金についてはその仮納付を命ずる。
原審(移送前)における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
弁護人中山信一郎の控訴趣意は別紙記載の通りである。
先づ第一点第七項において、弁護人は、本件は賍物故買の事件であるが、その訴因において、被告人が買ひ受けた物品が如何なる犯罪によつて得たる賍物であるかを明らかにしていないと攻撃するのである。よつて原審第二回(昭和二十四年十一月二十五日)公判調書を見ると検察官の陳述した本件賍物故買罪の訴因は、
被告人は、
(イ)昭和二十三年三月中空知郡滝川町滝川化学工業株式会社工場内において富山保より同工場の製品である含蝋油ドラム罐入二本を、その贓物たるの情を知りながら代価金一万三千円で買い受け、
(ロ)同年五月初頃前同様同工場において富山保からパラフイン一函を、その贓物たるの情を知りながら代価金二千円で買い受けたものである。
というのであつて、弁護人の主張の通り何罪による贓物であるかの点は明示されていないのである。
しかしながら訴因は公訴事実を具体的に示して被告人にその防禦の範囲を明らかにする目的を有するものであつて、贓物故買罪においては目的物件が犯罪によつて不正に領得せられた物であり且その情を知つて買ひ受くるときは、それが如何なる犯罪によつて得たものであらうとも、又具体的に何人の如何なる犯罪によつて得たものであるかを知らなくても、故買罪は成立するものであるから、右に掲げた訴因で充分公訴事実が明示されて居るといはなければならない。従って弁護人の右攻撃は理由がない。
ところで控訴趣意の同項には、原判決中に、本件の物件が如何なる犯罪によつて取得されたかを判示されていないと論ずるのであるが、原判決に認定した二個の事実のうち(イ)の事実については「……含蝋油ドラム罐入二本を富山保が窃取したるの情を知りながら代金一万二千円で買受け」と判示しているので、明らかに物件は富山保が窃取による物であることが示されている。故にこの部分については弁護人の右主張は理由がない。次に(ロ)の事実についても、「右富山より前同様の事と知りながら代金二千円で買受け」と判示されているので、これも窃取にかかるものである趣旨が窺へるのであるから、この点も、この理由では弁護人の主張は採用できない。
次に第一点第十項には原審において弁護人の弁護権を不法に制限したと攻撃するのである。よつてこの点について調査するに、原審において弁護人中山信一郎が私選弁護人となつていたこと、同弁護人が昭和二十五年七月十五日附を以て同月二十五日の公判期日の変更申請をしたこと、原審は右申請を却下し、同年七月二十五日に弁護士高橋要を国選弁護人に選任したこと、同日の公判期日には右高橋弁護人の出席の下に開廷され、弁論の終結を見たことは一件記録により明らかなところである。被告人に私選弁護人がある場合には、できるだけその弁護人による弁護の利益を被告人に受けさせるべきは勿論であるけれども、一方において公判期日は一旦指定せられたものはできる丈変更しないとするのが訴訟法規の精神であつて、その弁護人に、長期にわたつて公判期日に出席し得ないような事由のある場合には、審理の迅速を図る理想の上からその弁護人の希望の日に開廷できないことも亦已むを得ないことである。かかる場合にはその弁護人の公判期日変更申請を却下し、他に被告人が弁護人を選任しないときは国選弁護人を附して開廷することは、弁護人の弁護権を不法に制限したことにはならないのである。今本件に見るに原審私選弁護人は七月二十五日の公判期日の変更を申請し、公判期日としては九月を希望しているのである。そもそも本件は昭和二十四年三月四日の起訴にかかり、途中で訴因の変更、移送等のことがあつたため異常に審理の遅延している場合であつて、原審が本件審理について更に約四十日近くの延長を見るような右変更申請を許可しなかつたのは無理もないところと思はれるのである。従って右のような事実は弁護人の弁護権を不法に制限したことにはならないと判断する。
第一点のその余の各項目は原判決には事実の誤認があるといひ、一件記録及び証拠に現はれた事実を採用するのである。よってこの点を調査するに一件記録によれば原判決認定の(イ)の事実は弁護人の主張にも拘はらず充分これを認めることができるのであつて、この点については事実誤認があるとは信じられない。
しかしながら職権を以て案ずるに原判決に罪となるべき事実の(ロ)として記載したところは、
(ロ)被告人は昭和二十三年五月初頃滝川町滝川化学工業株式会社滝川事務所の工場内において富山保より同人が窃取した事の情を知りながら代金二千円で買受同所から搬出した。
という趣旨であつて、被告人が富山から買ひ受けた物品が何であるかが判示されていないのである。これは即ち贓物罪の目的物を明らかにしないのであつて、罪となるべき事実の記載として不備である。従つてこれは刑事訴訟法第三百七十八条第四号に規定するところの判決に理由を附せざるに当るのであつて、同法第三百九十七条により原判決は破棄を免れないものといはなければならない。
よつて控訴趣意第二点の量刑不当の点については茲に判断をせず、刑事訴訟法第四百条但書により直に次の通り判決する。
罪となるべき事実。
被告人は、
(イ)昭和二十三年三月中北海道空知郡滝川町滝川化学工業株式会社工場内で、富山保が同会社から窃取した含蝋油ドラム罐入二本を、その贓物であることを知りながら同人から代金一万二千円で買ひ受け、
(ロ)同年五月中前同所で、富山保が同会社から窃取したピラフイン二十瓩入一函を、その贓物であることを知りながら同人から代金二千円で買ひ受け、
以て贓物故買をしたものである。
証拠の標目。<省略>
法令の適用。
被告人の判示所為は各刑法第二百五十六条第二項に当るところ、犯行後罰金等臨時措置法の施行により罰金額の変更があったので刑法第六条第十条により軽い従前の刑に従ひ、刑法第四十五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法第四十七条本文第十条により重いと認める判示(イ)の罪の懲役刑に併合罪の加重をなし、その刑期範囲内において、又罰金刑については同法第四十八条第二項により法定罰金額の合算額の範囲内において、被告人を懲役六月及び罰金二千円に処し、右罰金を完納することができないときは刑法第十八条により金百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、尚刑事訴訟法第三百四十八条により右罰金の仮納付を命じ、原審移送前の訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条により全部被告人の負担とするものとする。
よつて主文の通り判決する。
(裁判長判事 竹村義徹 判事 西田賢次郎 判事 河野力)
弁護人中山信一郎の控訴趣旨
第一点本件判決は事実の誤認に基く判決であると思考する
即ち被告は当初より贓物である事の認識をかいており其の事実は次にあげる証拠に依つて明瞭である
一、被告人の裁判官に対する陳述全部、特に当初石田八郎にガンロウ油買受方の話をしたが同人は秋吉商事の店員であり然も秋吉商事会社は滝川化学工場製品の販売を一手に引受け輸送等をしているので、石田八郎が其品物の所有権を取得したものと思つた旨の陳述(記録一〇八丁表、同一一〇丁表)
二、被告より頼まれた石田八郎は更に右滝川化学工業株式会社の職員である富山保に其の話を通じ諒解を得ている事実、然も右富山が「員数外のガンロウ油があるので之を処分してもよい」と申出た事実(記録一二七丁裏)
三、被告は石田八郎と富山保の話合の内容は全然知らない、然も積出の方法等についても両者話合の内容は全然関知していない(記録一三七丁裏)
右事実は記録一三八丁表の問答「運搬の相談をする時に林は一緒でなかったか」との問に対し富山証人は「一緒にはいませんでした」との証言
四、石田八郎の証言は直接自分に責任ある事であり自分の責任を回避しようとする証言であり何等の信憑力をもたないものであると思考する
五、運搬に当つて被告がタールと振替えて搬出した事実は認めるが右は単に石田八郎の指示に従つたものであり而も被告人は石田の勤務する秋吉商事の運搬夫であり、夏は農業に従事している者にして右石田の指示に依つて行動する事は当然考えられる事である
六、原審判決の理由に被告人は秋吉商事会社の運搬人として工場製品が正当に搬出する為の手続等をよく知つていると言う理由でタールと振替えて搬出した事を重要なる資料として判決しているが、右は贓物罪を認定すべき何等の根拠とならない
七、本件が贓物罪として認定されるが為には本犯の認定がなければいけないのに拘らず本件判決には本件の物件が如何なる犯罪に依つて取得されたのかを明示されていない。
原審に於ける公訴事実は石田八郎及び富山保が共謀の上ガンロウ油ドラム罐二本を窃取し又は富山保がパラフイン油一箱を窃取した旨の趣旨の様であるか(記録六一丁、六二丁)右石田及富山は全然取調を受けて居らず、訴因の追加の記載に至つては如何なる犯罪に依る贓物であるかも明瞭でない
八、パラフイン油についても贓物性を認定する何等の根拠もない
九、原審判決の理由中に富山保が本件物件を窃取した事実を認定しているが之を認定する証拠は全然ない
一〇、原審審理を終結するに当り本弁護人が申請したる公判期日変更申請を却下して(一七〇丁裏、一七一丁裏)直ちに国選弁護人を選任して結審したものである
而して結審に至る迄公判期日指定に当つては希望を尊重せず(一六二丁)裁判所に於て三ケ月も開廷をせず突然昭和二十五年七月二十五日に公判期日を指示して来たが弁護人が右公判期日には出張不在であり従つて九月中に公判開廷の希望を上申して置いたにも拘らず(一七〇丁、一七一丁)之を却下して国選弁護人を選任する等(一七二丁)の行為は弁護権を制限せるも甚しいと言わねばならない
而して右変更申請する当時岩見沢支部より特に電話にて「八月十七、八日頃都合如何か」と弁護人宛に交渉があつたので右都合を話し「九月中であれば何時にても出廷す」旨の回答を致したものであつて裁判所の希望した八月十七日頃と弁護人の希望する九月との間には僅か十二、三日の開きがあるのみであつたにも拘らず之を却下したものである
尚、国選弁護人高橋要氏の談話に依れば全然記録を読む暇もなく出廷したので勿論弁論も満足に出来ない状態であつたと言つて居た
本件は事実関係が明瞭にして有罪を認定する事件ではなく相当なる根拠の下に無罪を主張する事件であり裁判所に於ても右の事を予想していた事でもあるので原審裁判所の取扱は極めて暴挙であると断ぜざるをえない
以上の様な次第にて原審判決は明かに事実の誤認に基く判決であると言わねばならない
第二点依つて原審判決は破棄を免れないものと確信する
仮に百歩を譲つて有罪御認定の場合には情状酌料の上執行猶予の御判決を望む